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あなたは物語性を纏った記号になれる。

文字に起こして

「文字に起こして自分を起こそう」
とある人がそう綴っていたのを目にして、
このところの私は悪い水が溜まっているような淀み方をしていたなと気付いた。

外に出ない言葉が身体の中に留まって、どこへも行けずに薄らと汚れていく。そんな感覚が続いていた。

少しずつでも、何かしら綴ったら流れ出すかしら。

そんな思いつきで、なるべく言葉を綴ってみようと決めたのが今朝の5時。
このところ変に早起きで、ベットの中で思考をあれこれと巡らせている。

今年の夏は何をしようかと呟いていたはずが、気付くと十五夜も終わって秋も深まっている。月見草が綺麗だ。
日々何かを考えているはずなのに、答えは出ないまま、何にも応えられないまま、季節だけが足早に過ぎて行く。
陽射しの強い間も沢山の人と逢って少なくない時間を共有して、それなりに騒がしい日々を送っていた感触はあるのだけど
記憶のほとんどが指の間からこぼれ落ちる砂みたいにさらさらと流れて、小説でも読んでいる気分だ。

それでも断片的な記憶はどれも優しい光を放っているのがわかる。いい夏だったんだ、きっと。

体験や思い出は、自分で意識している以上に“感触”として残る。
曖昧だけれど楽しかったことだけは覚えていたり、詳細は忘れてしまったけれどとても悲しいと感じたことだけを覚えていたりする。
悲しかった感触や傷ついた痛みは不必要に覚えている必要も無いけれど、ときにふと思い出して
例えば雨上がりの金木犀の香りとともに蘇ったりする。その苦い感触に身体がまだ馴染まない間はほおっておく。
なんとなく慈しめる時が来たら、愛でてあげる。苦みも旨味のひとつだというのが、歳を重ねて気づいたことのひとつだ。